冬の鷹 吉村昭
初めて読んだ吉村作品。
小説の中身もさることながら、正直取材力の半端なさがえげつないなと。
作品は主人公前沢良沢と杉田玄白の比較を描いた作品。
前半のターヘル・アナトミアを翻訳するシーンはやる気を掻き立てられる。
”男というものは、草木のごとくいたずらに朽ちて良いものではございませぬ。順庵殿も甫周殿もお若く壮健であられるが、それに比べ私は病弱であり、齢も四十歳に達しました。やがてはこの人体をきわめる医道も大成する時があるにちがいませぬが、それまで生きていることはおそらく至難と思われます。死生は、あらかじめ定めがたきものです。先に業をおこす者は人を制し、遅れて業をおこすものは人に制せられると申します。それ故に、私は急ぎに急ぎ申すのでござる貴殿たちがこの翻訳事業を完成したころは、私は泉下にあるに違いありませぬ。その折は、草葉の蔭で貴殿らの壮挙を見守りたいと存ずる。”
後半良沢の人生が老いるにつれ辛いシーンが続くが、あくまで小説風ではなく一種事実に基づいた伝記のような展開はこの著者の持ち味なのかもしれない。
いかにも脚色がないという印象の小説は初めてかもしれない。
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