「教養としてのラテン語の授業」ハン・ドイル
当たり前ではあるが、本を読んでいたら学びがある。しかしそれは書いている側の趣旨と読んでいる側の受け方とに少なからずズレがあるのではないかと。
つまり、本書を下記スライドで自分なりにまとめてはみたが、他にもここでまとめている趣旨とは違うことも感じてたということである。
私の記憶をする限り韓国の方の本は読んだことがなかったと思われる。翻訳されている海外の本のほとんどがアメリカ、ヨーロッパであってそこで書かれている文章から日本との文化の違いは感じている。
そういう意味では当たり前だが、韓国の方の書かれた本もそういう韓国文化的要素が多少含まれていて、それに新鮮さを感じたという話である。文化の良し悪しを言いたいのではなく、あまりにも韓国のことについて無知であると気付かされたわけで、知り合いにも韓国の方もそれなりに何人もいるのになぜ今まで文化的要素に触れていなかったのか謎である。
図らずとも文化や社会について書かれた本であったがゆえにそういったまだ知らない世界の文化や社会を学ぼうと思ったわけであります。